2009年02月03日

中国四川省地震救援ニュース 85

不定期になりますが、Yさんレポートを続けます。

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CODEが、地震発生後の5月からこだわって活動いている北川県の光明村。1組から5組まで約730人が暮らす。と言っても通常は、若者、男性などの働き手は、他の省へと出稼ぎに出ていて村にいるのは女性、高齢者と小学生以下の児童が大半である。

その村で唯一の医者であるPさん(56歳)は、去年の1月に十数万元をかけて建てた4階建ての家屋は、この地震で全壊状態になり、今は1,2階のみが辛うじて残っている。またPさんの田んぼは地震によって水が抜けた。Pさんは、地震後、怪我や体調不良の村人のために必死で治療にあたっていた為に思うように田んぼに手を掛けることができずに今年のコメの収穫はほとんどなかった。今は、6月から3か月間政府によって支給された米を食いつぶしている。また、医者としての責務を全うするあまり鬱にもなりかけた。

そんなPさんは、ボランティアとガレキの片づけをやる中で少しずつ元気を取り戻していった。今では僕らボランティアとは、村で一番の仲良しである。つい先日、息子さんからこんな地震直後の会話を聞いた。
息子 「大丈夫か?」
Pさん「俺は大丈夫だけど家が。。。」
息子 「命が助かっただけよかったじゃないか!」
Pさん「俺の命に代えても家を守りたかった。。。」 
息子さんの横で当時を振り返りながらPさんは目に涙を浮かべていた。
村内で住宅再建の進む中、未だ住宅のローンが残っているPさんは、新たに借金をして住宅を再建しなくてはならない。「自分の命に代えても守りたかった」と言うほどにPさんにとって家は掛けがえのないものだったに違いない。
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2008年12月30日

中国四川省地震救援ニュース 84

四川に戻ったYさんから震災7ヶ月目の現地レポートが届きましたので、掲載します。なお、Yさんは来年1月に行われるいくつかのイベントに参加するため1月8日ごろ帰国します。
・2009年関西学院大学災害復興制度研究所フォーラム
 (http://www.fukkou.net/news/20090111-82.html
・現代GP「震災教育システムの開発と普及」シンポジウム
 −阪神大震災をふまえた防災教育の未来−
 (http://www.rcuss.kobe-u.ac.jp/sympo/gp0901103.pdf

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5月12日の四川大地震からちょうど7カ月が経った。現在、被災地では急ピッチに恒久住宅再建が進んでいる。
 この四川大地震では、伝統木造住宅が倒壊を免れ、しっかりと残っていることが多くの場所で確認されている。被災者や政府関係者からも「木造は強かった」との声を何度も耳にした。最近の情報では、綿陽、彭州、青川など、いくつかの場所で木造の再建も行われているとう。
 CODEの活動している北川県の村でも従来の伝統構法を使った木造の再建が行われている。村内でレンガ住宅の再建が多くなされる中、木造住宅の再建を選択したお母さんXさん(37)。築40年以上の伝統木造住宅であるXさんの家は、ほとんど無傷のまま残っているのだが、政府の方針(退耕還林)で少し離れた村内に新たに再建することになった。
 Xさんは、木造選択の理由をこう答えた。一つは、耐震のため。すぐ隣のレンガの家が倒壊したのにもかかわらず、自らの家が倒壊しなかった事を誰よりも実感しているのかもしれない。そして、もう一つの理由は、子供のため。子供が成長した後、木造は修理、改修がしやすいという。伝統木造住宅の特徴をよく知っているのである。
 ご主人のLさんも木造の選択に賛成はしていたが、木材調達などの課題を理由に決断しかねていた。だが、最終的に奥さんのXさんの気持ちに押され、同意した。やはり、女性の力なくして復興はありえないのだろう。
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2008年12月01日

中国四川省地震救援ニュース 83

11月5日の読売国際協力賞授賞式のために帰国していたYさんが、震災半年後の現地の様子を綴ってくれました。急速に進むように見える住宅再建も、一進一退。復興への道のりは始まったばかりです。

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四川の被災地から

 あの未曾有の災害から半年が過ぎた。被災地の各地には無数の仮設住宅群が広がる。と同時に、恒久住宅の再建も急ピッチに進む。CODEの支援する北川県香泉郷光明村でも住宅再建に被災者は忙しい。政府の方針で年末、もしくは春節(旧正月)まで入居しなければ補助が出ないという制約で多くの被災者はあせっている。また、早く住宅を再建して、出稼ぎに行きたいという思いもある。だが、最近の情報では、1年以内に再建すればいいという話を耳にした。青川県では2〜3年以内だという。政府の方針が二転三転することで被災者は、困惑する。また、急ぐあまりに被災地の多くの場所で、道路沿いに延々とレンガを積んだ山が並び、耐震性の不十分なレンガ住宅が建設されている。

 一方、学校、病院などの公共施設の再建も各地で進み、CODEの活動している香泉郷の中心小学校の建設も始まった。偶然にも、その小学校をデザイン、建設の支援をするのは、日本の東京大学の中国人留学生、胡先生(東京大学藤井研究室)たちであった。つい先日、デザインが完成し、いよいよ着工されるそうである。
広大な被災地の中の小さな場所で偶然にもつながった日本と中国の「絆」を活かした支援を考えていきたい。
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2008年09月22日

中国四川省地震救援ニュース 82

しばらくニュースが滞っていましたが、9月8日にYさんと一緒に成都に戻ったTさんが近況を寄せてくれましたので、紹介します。彼は、ニュース53で紹介した地震直後に現地に飛んだ学生ですが、6月中旬に日本に戻ってきて以来、CODE事務局に出入りし、この度Yさんのサポート役として四川に同行しています。

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3ヶ月ぶりに訪れた村。

田んぼの広がる緑の風景に仮設住宅の青と白が浮かんできました。建設中だった仮設住宅ではすでに入居が始まっていて、村のあちこちに、新しく建てるための赤いレンガが山積みされていました。

村の様子は変わっていましたが、変わらずあったのは村の人たちの温かい笑顔でした。
「あんた前に来たことあるでしょ?」
ほとんど話したことがなかったおばちゃんからそう言われました。子供たちは姓名までばっちり覚えてくれていました。

しかし、何人かの子供は村の外の学校に通うことになり、いませんでした。 小学校は歩いて40〜50分ぐらいのところにありますが、中学校からは近くにないからです。その小学校も地震で壊れ、今再建が進められており、授業は仮設で行われています。

また、村の働き盛りの男性は、今は家を建てるために帰ってきている人も多いようですが、普段はあまり見かけません。これは、四川省は出稼ぎ大省と言われるぐらい出稼ぎが多く、この村も例にもれず、多くの若い男性は都市部に働きに出ているからです。

だから、この村には小学生以下の子供と中高年〜高齢者が多くいます。仲良くなったおばちゃんが13年間一人暮らしなのもそのためです。そうした背景がある上に、地震で家を失ってしまったので、ますます出稼ぎの必要性に迫られています。

瓦礫の片付けも終わり始めた今、とりわけ彼らの頭を悩ませているのは「家の再建」だと思われます。

聞くところによると、比較的安い家を建てるのに7〜8万元(約120万円)かかるそうです。政府からは復興計画が出されていて、それに従うと約2万元の補助がもらえます。そして、出稼ぎで稼げるお金は一日に約50元だそうです。家を建てるお金を貯めるためには何年働かないといけないでしょうか?
また、元の家のローンを払い終えていなければ、二重ローンとなってしまいます。

そして、この復興計画ですが、政府は再建を急いでおり、ある人の話では12月初旬までに新しい家を建て終えないと、約2万元の補助が出ないらしいのです。

村の人たちは急いでお金を工面し、家を建て始めているところもあります。しかし、その家が前と同じ構造で造られてしまうと、また同じ悲劇を繰り返すことになるのです。

今後、復興計画と折り合いをつけながら、どう支援できるかを探っていかなければなりません。

いろいろ話をしてくれたおじちゃんが、何度も「関心を持ってくれてありがとう」と言っていたのが心に残っています。
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2008年08月31日

中国四川省地震救援ニュース 81

四川でまたM6.1の地震が起きたとニュースを見たYさんは、さっそく四川に電話しました。成都は多少揺れたそうですが、いつも行っている村はほとんど何も感じなかったそうです。震源は雲南との境の攀枝花で21名が亡くなったそうです。昆明はあまり被害はなさそうです。

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四川省でM6.1地震 21人死亡

【成都(中国四川省)】中国・新華社系のネットニュース「新華網」などによると、中国南部の四川省攀枝花市と同省涼山イ族自治州の境界付近で、30日午後4時半(日本時間同5時半)ごろ、マグニチュード(M)6.1の地震があり、同日夜までに21人が死亡、100人以上がけがをした。
 震源は、雲南省の省都・昆明から北西に約150キロ離れた山間部。震源の深さは約10キロ。雲南省では、20日と21日にもM5.0を超える地震が相次いでいた。
( 2008年8月30日23時9分 アサヒコム)
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2008年08月29日

中国四川省地震救援ニュース−番外−

8月25日にチベットで地震が起こったようです。被害は大きくありませんが、翻訳ボランティアさんが記事を見つけましたので、お知らせします。

≪ドンパ県城被害なし 死傷者報告いまだなし≫
 中国国家地震台の測定によると、8月25日21時22分、チベットのシガツェ地区ドンパ県(北緯31.0度、東経83.6度)でマグニチュード6.8級の地震が発生した。震源の深さは10キロ。震源地は海抜5500メートルで人家は少ない。
 チベット自治区地震局の責任者によると、ドンパ県とアリ地区の改則(ガイツェ?)県、措勤(ツォジン?)県の3県で揺れを感じた。しかしこの3県の県城では被害は出ていない。3県の政府は各郷鎮からの被害報告を求めているところだ。
 ドンパ県の政府職員によると、現在、県リーダーによる緊急会議が行われている。全県13の郷鎮のうち12の郷鎮から死傷者なしとの報告が上がっている。いくつかの郷鎮では強烈な揺れを感じ、一部の家屋に大きな亀裂が生じている。
 他の職員に電話で聞いたところ、地震発生時、室内で大きな揺れを感じたが、県城では倒壊家屋や死傷者はでていない。各郷鎮と県城の距離が遠いため、具体的な状況把握をしているところだ。
 ドンパ県はシガツェ地区の西部に位置し、海抜4700メートル余り、全県の人口は1.8万人。
(8月26日 新華社西蔵頻道)

≪チベット・ドンパ地震で228軒の家屋が損害≫
 チベット自治区ドンパ県の書記である朱江氏に26日電話で聞いたところ、12時までに、いまだ報告が上がってこない辺鄙な地区を除き、地震により228戸の家屋が損害をうけた。死傷者、被害をうけた家畜の報告はない。
 朱江氏は、ドンパ県で228戸が被害を受け、そのうち5戸は倒壊の危険があり、223戸に明らかな亀裂がでている。
 (以下、省略)
(8月27日 新華社西蔵頻道)
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2008年08月17日

中国四川省地震救援ニュース 80

Yさんの元で1ヶ月ボランティア活動をしたTさんの感想文をお届けします。これは外国人(中国人にとって)ボランティアの感想ですが、中国にもボランティア元年の兆しはあるようです。
なお、Yさんは明日から2週間ほど帰国します。

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 目の前に瓦礫の丘がいくつも見える。全壊、壊滅。壊れて、くずれて、ぐしゃぐしゃになったのは建物だけではないだろう。そこの場所が自分の家だったのだろう、生気の抜けた無表情な顔を瓦礫に向けながらおじさんが一人片付けをしていた。これはある被災した町を訪れた時に受けた印象である。

  5月12日 四川大地震が起こった。死者約6万9千人 倒壊件数約5百万棟 被災者は約4千6百万人、これは四川人口の約半分にあたる数である。初め自分はそれを見てもなんとも思わなかった。自分とはまったく関係のない他人事。テレビの中にある現実味に欠けた現実。映画を観ている観客のような第三者的視点。被災者の数字は無機質な記号の羅列でしかなかった。

  そんな自分がボランティアに参加することになったのは約2ヵ月前である。きっかけはNGO団体CODEに所属しているYさんの話に興味をもったことからはじまる。「NGOの基本理念はやりすぎないことにある。被災者が自ら立ち上がらないことには意味がない。だからやりすぎず被災者ができることを残しておいてあげることが大切」 自分の探していたパズルのピースを見つけたような気がした。この人、そしてこの人のやっていることに携わることができれば何か発見があるかもしれない。そう思った。 なんとも自分よがりでボランティアを始めるにはいささか不純な動機。とにもかくにも次の日からボランティアが始まった。

  目的地の村でやるべきことは果てしなくあった。むしろ先が見えないとさえ思った。煉瓦のリサイクル、壁や階段などの打ちこわし、瓦礫の撤去...ETC 何をどこから手をつけていいのか分からないまま他のボランティアメンバーの後に続いて作業開始。 住民が苦労し建設し、そして思い出を積み上げてきたその塊が徐々に形を失っていく。新しく家を建てる為に。新しいローンを抱える為に…さぞ堪えているのではないだろうかという思いがあった。しかし意外なことに村の人たちには活気があった。皆笑顔で迎え入れてくれそして他人を気遣う余裕を持っていたのだ。先に述べた町とは大違いである。

 自分は被災者になったことはない。もし自分が村人達の立場だったらどうだろうか。たえられるのだろうかこんな状況に。受け止められるのだろうか、突然苦労と思い出の結晶が壊れ、さらに次の日から未来の不安にさらされながらのテント生活が始まるという現実に。考えられるのだろうか次にしなければならないことを。そして笑えるのだろうかあの村人達のように。

 途中参加だった自分は知らなかったことだが、来た初めの頃は村全体が暗く沈んでいたらしい。しかしボランティアが入り、再建に向けての小さな、本当に小さな手伝いをし始めてから村に活気が戻ったという。 小さな手伝いが村人に与えた影響は大きい。笑顔が戻り、活気が戻るという非常に大きな驚くべき結果を生み出した。ある人からこんな話を聞いた。「お前たちはまるで天使だ。何も欲しがらなで手伝ってくれる。本当に感謝している!」 これはある村人が言っていたことらしい。 村人を助けたいという聖人のような心を持たず、己の欲求を満たすだけに始めたボランティアなのに、大したことをやった覚えもないのに、村人は笑顔もねぎらいの言葉も、そして大切なはずの食糧でさえも分けてくれる。こんな自分に一番つらいはずの村人が! 今は本当にこの笑顔が消えないことを願い、笑っていられる源に少しでも力添えができたらと感じている。  
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2008年08月13日

中国四川省地震救援ニュース 79

Yさんと最初からずっと一緒に活動してきたHさんが感想文を寄せてくれました。Yさんはこれを読んで泣いたそうです。

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私は今までなんとなく生きてきた
世の中の出来事は特に興味がなく
すべて人ごとで、すぐに忘れていく
自分の暮らしでイッパイいっぱいだった

5.12四川文川大地震が起きたとき 私は中国を旅行していた
地震関連のニュースがテレビを埋め
犠牲者は増え続け、瓦礫の下にはまだ人が埋まっていた
懸命に続く救助活動、地震のことで頭がいっぱいになった
自分の中で今まで人ごとのように見ていたそれが 目の前にあった
やっとこさ完済した借金、やっとこさえた自分の時間
日々の生活に追われて生きてきた今までは、そんなこと考えもしなかった
自分の目で見ようと思い 自分の手で何かをやりたくなった
成都行きのチケットを買った

着いたのはいいがよく考えてみると何をしていいのかさっぱり分からない
自分にいったい何ができるのだろう
自分は何の特技も、知識もなく右も左も分からない
目指す場所は決めていたが、浅はかだと思った

しかしそこでYさんと出会うことができた
彼らの邪魔にはなりたくなっかったが、何でもよかった何か手伝わせてほしかった
Yさんは快く受け入れてくれ、何も知らない自分に
一から十まで分かりやすく説明してくれた

それからはあっとゆうまに過ぎていった
最初村の人の視線は少し冷たくよそ者を見る目だった
どこから手をつければいいのか分からないほどやる事は山ほどあった
それは村人も一緒だった どの家もほぼ手付かずであきらめているように見えた
それでも遠慮なのか、手伝わなくていいという村人を背に
Yさんの掛け声とともに私の村での2ヶ月が始まった

少しづつほんま少しづつだが村の復旧が進んでいく
村人は活気を取り戻し、私たちとの距離は狭まっていくような気がした
国籍、老若男女、被災者と支援者、皆で汗を流し、飯を食い、笑うた
地震があったのを忘れるくらいただ楽しかった

しかし、日が沈む頃私たちは来た道を帰り、村人は倒壊した家に戻っていく
村人の笑顔やあたたかさの中で大事なことを忘れかけた時
被災者によりそい彼らの痛みを受け止めようとするYさんがいた

終わりの見えない作業、暑さと疲労で
自分に甘えそうになった時
いつも横には必死にがれきと向き合う仲間がいた

服は塩吹き泥まみれで
しゃべるのも嫌なぐらいヨレて歩く帰り道
村人は声を掛けてくる、あなたたちお疲れ様、ありがとう、と
負けじと俺も言ってやる、あなたたちこそお疲れさま

最後の日時間をもらい村を見て回った
どの家にも言葉にならないぐらいの思い入れがあり
そこで高く積まれたレンガのようにコツコツと積み重ねた物があった
それは信頼であり、ちょっとパクらせてもらうと絆のような物だと思う

誰かの力になりたいと被災地にやってきた自分だが
振り返ると私はずっと支えられていた
それは仲間であり村の人たちであり支援者の人たちだ

最後にとびっきりのありがとうをもらった
こんな自分でも誰かの支えになれていたのだと教えてくれた
うれしかった、うれしゅうて、少し照れくそうて、涙が止まらんかった

今回の悲惨な大地震、私は忘れません
そしてこれから少しでも応援させてもらいたいと思います
皆さんほんまにありがとうございました

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2008年08月12日

中国四川省地震救援ニュース 78

続けてのYさんレポートです。

 被災地の村は、今、再建に向けて少しづつ動き出してきている。再建の場所を確保する為にわずかに残った家の壁などを崩しては使えるレンガと瓦礫と分別し、再建のスペースを作る。
 ある日、突然いつもの村に軍がやって来た。再建に向けた瓦礫の撤去の為に雲南省から来たそうだ。あるボランティアの仲間は、「ああ、これで俺たちのやることがなくなった。。」と思ったという。
そして翌日再び村に行くと昨日いた軍が一人もいない。いつもお世話になっている組長に尋ねると「ああ、彼らはだめだ。ハンマーで全部崩してしまって使えるレンガまで壊してしまう。お前らはちゃんとわかってくれているからなあ。」と言って軍を追い返したそうだ。
この2ヶ月半ずっと村人と汗を流して来た中で村の人たちはちゃんと僕らを評価してくれているんだと改めて感じた。素直に嬉しかった。
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2008年08月08日

中国四川省地震救援ニュース 77

久々ですが、Yさんレポートをお届けします。

 四川の夏は暑い。成都から車で2時間半かけて被災地の北川県の村へと毎日通う。暑い日中、村の人はあまり外に出ずに、日陰でゆっくり過ごす。僕たちが村に着いて「さあ、やるぞ!」と瓦礫の片付けをやろうとすると「暑いから休め。。」と言う。時にムシロを使って日陰を作ってくれる。そんな心遣いがありがたい。

 瓦礫の中から使える木材、レンガ、瓦を取り出しては分別する。レンガにくくっついたセメントを削り落として再利用する。また崩れ落ちた柱をハンマーで叩いて、中から細い鉄筋を取り出す。そんな作業を毎日していると、本当にセメントやレンガの脆さ、鉄筋の細さ、異常に重い鉄筋コンクリートの屋根をレンガだけの壁が支えている軟弱な構造が素人目にも分かってくる。ボランティアの中にも「この家のレンガは特に脆い」という人も出てくる。

 今、被災地ではようやく再建に向けて少しづつ動きだそうとしている。この機に従来の家屋の構造や資材の質についての指導を地元政府にお願いしたいものだ。さもないと同じ事を繰り返す。この地震で無くなった約8万人の方のためにも残された者は、学ばなくててはいけない。瓦礫の片付けをしながらそんな事を思った。    

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2008年08月04日

中国四川省地震救援ニュース 76

災害発生から約2ヶ月という早い時期に、経済的自立と女性の就業支援というソフト面に目を向けた活動が開始されています。これからの復興支援活動に与える影響を考えると注目です。

以下、CODE翻訳ボランティアさんによる情報です。

≪アバ州:女性の就業支援に「羌繍支援計画」開始≫

 7月24日、アバ・チベット族チャン族自治州の人民政府などが主催する「羌繍支援計画」が成都で始まった。この計画は一面で被災したチャン族の女性に収入源を提供するほか、国家級の文化遺産である「羌繍」を保護する目的もある。
 
 「羌繍試験計画」はその公益的な性格から、政府が後押しし、企業と同じ水準で運営をする。「支援センター+支援駅+支援点+個人」の方式を採用し、被災地で人員募集と羌繍の訓練を行い、総本部である成都の支援センターで統括と販売を行う。収入は労働に対する報酬やチャン族文化保護に利用される。
 計画では、今年の末までに初歩の生産、管理、販売体制を確立し、6000人の就業問題を解決する。2010年末までには、3万人の就業を実現し、羌繍文化産業集団を基本的に形成し、被災地の復興再建に寄与する。

 アバ州チャン族女性就業支援センターの顔俊輝主席によると、この計画は発表されてすでに1か月が経過しているが注文はパラパラとしか来ていない。現在6つの企業が支援センターと契約に向けて協議中で、投資額は数百万元が見込まれる。
 支援センターは「淘宝網」上にネットショップを開設し、関心のある人が選びやすいようにしている。
 また顔主席によると、この計画は羌繍を通して自力更生をしたいと願っているすべての女性に開かれているとのことだ。

 チャン族の刺繍は、その構図、配色、方法すべてに特色をもつ。羌繍の色彩は豊富で図案は古朴精美、花と雲の模様が常に使用されている素材である。靴に雲の模様が刺繍されている「雲雲靴」はチャン族の「雲の上の民族」としての代表的なものだ。
(7月24日 新華網)

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2008年08月03日

中国四川省地震救援ニュース 75

中国の学校は9月が新学期。6月が年度末です。学校の夏は受験と夏休みの大イベントの季節です。被災地では、安全で空調のある仮設の試験場を確保するため、大学受験の時期が延期され、7月3日から5日に無事おこなわれました。

以下、CODE翻訳ボランティアさんによる記事です。

「広東共産党青年団、四川地震被災地へ赴き「二つの再建」を推進」

広東の2名の幹部職員は4日、ぶん川映秀鎮に入った。広東青年社会団体の関連責任者も学生を募集し、希望小学校の再建やボランティアの派遣などの援助計画を四川に赴き関連部門と話しあうことになっている。

 共産党青年団広東省委員会の陳東副書記は、災害後は物質的な建物の再建(実際の家)だけでなく、精神的な面での再建(心の家)も必要であると話す。広東団の組織は支援項目を早急に確定し、災害後の「二つの再建」の実施を進めていく。

先日、広東は四川災害地区に派遣するため4名の幹部職員を選出した。その中で25歳の劉揚さんはぶん川に派遣される二人のうちの一人である。「私たちはまず最初に映秀鎮に入り、当地の委員会と協力しなるべく早く青少年団を組織し、彼らに対し、災害後の精神的なケアスタッフの中核となるよう、精神的な配慮や心理面の援助、衛生防疫、社会管理などの訓練をしていきます」と劉揚さんは語る。

目下、四川災害地区の学生は現在大学受験期間中である。北京科学技術大学天津学院、党委員会の王書記は学生の募集計画のことで被災地に入り、100名の品行方正で優秀な学生を募集。王書記の話によれば、この100名の学生は大学4年間の学費と住居費が免除になり、また一月一人当たり500元の生活費が彼らの大学学業が順調に進むよう援助される。

広東省青年科学家協会王河副会長も広東建築設計界の寄付による希望小学校の計画を持つ。王河副会長は言う。広東建築設計界はすでに災害地区のために500万元以上の募金をした。目下、建設の計画を行っており、環境設計、危機管理などの方面の入札を募集し、災害地区の子供たちのために耐震能力を備え、また広東設計水準の学校が実現することを希望している。

被災地でのボランティア協力の需要に対して、中山大学委員会黄山書記はボランティア派遣のプロジェクトを提供した。現在、中山大学は学校の四川出身の学生に対して心理的な援助、寄り添うこと、組織管理などの方面の訓練を行っている。
訓練終了後、これらの学生は夏休みの時間を利用し故郷に帰り、災害後の再建の仕事を支えることになる。

陳東副書記は語る。四川出身のボランティアは言語や心理的な方面で優位である。今まさに夏休みの期間であるので、広東の各大学委員会と青年団は四川出身の学生達のボランティアの帰郷を手配している。彼らが支持を得られ、被災地の同胞を励まし一緒に難関を乗り越え、災害地区の物質的な面(実際の家)と精神的な面(心の家)の再建の力となることを望んでいる。

新華網 2008年7月5日 18:14
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2008年07月25日

中国四川省地震救援ニュース 74

CODE翻訳ボランティアさんの情報をお届けします。

≪四川省:被災地の企業に就業することを奨励≫

 7月11日、四川省は就業対策として、近日出す予定の「四川省人民政府ぶん川地震復興再建政策措置を支持することに関する意見」のなかで、被災地の企業にひとり就業するごとに毎年4800元の営業税を免税とすることを定めた。
 また、以下の政策を明記する。
 被災地の都市部の失業者と生産資源を失った農村労働者を対象に、各家庭で少なくとも一人を優先して就業させることを保証する。積極的に公共の仕事をつくり就業困難な人を就業させる。労働者が復興再建活動に優先して従事できるようにする。出稼ぎ労働者については就業に関する手続き等のサービスはすべて無料とする。学校を卒業する学生の就業を激励する。
 (7月11日 新華網)

また、阪神・淡路大震災以来の友人から、知り合いの中国人歌手がチャリティコンサートを開くので広報して欲しいと依頼されました。間近の案内で恐縮ですが、以下にご案内します。

「四川大地震被災者支援チャリティコンサート〜祈り〜」
日時:2008年7月29日(火) 18:30開演(18:00開場)
場所:兵庫県民小劇場
料金:2,000円
出演:ユウ燕(中国)、室田純子、藤井レイ子、拵井加代子、池田よしひろ、吉田幸生(ピアノ)
主催:日本華僑華人文学芸術家連合会/NPO法人 中国文化センター
後援:中華人民共和国駐日大使館、兵庫県芸術文化協会、神戸華僑総会、神戸新聞社、日中友好協会、日中経済協会
問い合わせ:チャリティコンサート事務局(高垣) TEL078-842-0905
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2008年07月21日

中国四川省地震救援ニュース 73

いつの間にか梅雨も明けて暑い毎日が続きますが、中国・四川も猛暑のようです。そんな中で、成都のゲストハウスを拠点に農村部に通うボランティアさんの間に風邪が蔓延していて、Yさんもダウン気味のようです。
少し前に来たYさんレポートをお届けします。

 あの未曽有の地震から二ヶ月になる。北川県の村にお手伝いに通い始めてから一ヶ月半ほどになる。他の村とは違ってすっかり瓦礫がなくなり、村の中にできた仮設住宅への入居も始まった。
 だが、入居予定の被災者の中には崩れた自宅の敷地内に木材やブロックを使った掘立の小屋を建て、そこを厨房にしようとしている。仮設内には調理できるスペースもなく、農具などを置く場所もない。農村では仮設住宅ができても、生活の中心はやはり元の自宅なのだ。今思えは、多くの村民が瓦礫の片付けの次にやったのは、空いたスペースや半壊の家を利用して厨房を作る事だった。やはり農村にはその土地に見合った暮らし方があるのだと思った。

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World Voiceに四川省で活動しているNGOの情報を
アップしているのでこちらもぜひご覧下さい↓
http://codeworldvoice.seesaa.net/


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2008年07月17日

中国四川省地震救援ニュース 72

前回は恒久住宅再建の方針をご紹介しましたが、今回は仮設住宅についてです。以下はCODE翻訳ボランティアさんによるものです。

≪8月12日までに被災者の仮設住宅問題をすべて解決≫

 四川省が先日挙行した住宅建設に関するテレビ電話会議で、8月12日までに被災者の仮設の住宅問題を解決するとともに、一方で農村の恒久住宅建設に着手し、今年中に6つの重大被災市・州で60%、四川全省で70%が完成するよう述べた。

 四川省の蒋巨峰省長によると、農村では現在93.69万戸の被災人口がテントやビニールシートの簡易住居にすんでいる。多くの人が高温が原因で病気になっている。ほかに、20.76万戸の被災者が親戚や友人宅に身を寄せている。2千元の仮設住宅建設資金補助はまだいきわたらず、自分で仮設を建設する動きはまだ鈍い。都市部でのプレハブ住宅建設では、電気、水道、ガス、道路、ごみや汚水処理、避雷、防火安全施設などの建設が滞っている状態だ。

 現在救援活動は復興再建段階に入っており、住宅建設は重点任務である。このため、四川では十分に共産党幹部が力を発揮し、被災者が自分で仮設住宅を建てる積極性と主動性を引き出すことが必要だ。村単位で広汎な互助活動を展開し、施工部隊を適時に編成し、機械を使って土地をならすなどの活動を行うこと。1か月以内に、防震、防風、防寒、防火、防雷機能をもち、電気と水道の通った少なくとも2,3年使用に耐えうるような仮設住宅を建設すること。

(7月7日 人民日報)
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2008年07月15日

中国四川省地震救援ニュース 71

速いスピードで復興計画が制定、実施されていますが、住宅再建の方針が出たようです。以下はCODE翻訳ボランティアさんによるものです。

≪四川省:2009年末までに農民は新しい住宅に入居≫

 4日午後開催された「四川省住宅建設活動電話会議」で、四川省は被災地の農村で恒久住宅をつくる作業に着手し、1年半の時間をかけて、ぶん川地震による倒壊や重大な被害を受けた農村の住宅の再建を完成させ、農民に2009年末までに新しい住宅に入居することを保証するとした。

 ぶん川地震により400万戸の家屋が倒壊または大きな被害をうけ、1000万人以上が帰る家を失った。災害発生後の各方面の努力で、現在被災者は仮設の住宅に入ることを実現した。都市と農村の住宅の修復再建は再建活動の主要な任務だ。
 
 四川省は「四川省5.12ぶん川地震震災後農村住宅再建活動方案」を制定し、4日の会議で、各被災地区に全面的に農村の恒久住宅の建設に入るよう求めた。

 四川省は倒壊したもしくは重大な被害を受け帰れなくなった農民の住宅再建に平均2万元(30万円)の補助を出すことを決定し、金額はその家庭の経済状況と人数に応じて分類し支給する。

 被災地区では早急に農村住宅再建計画を編成し、どこに建てるのかどんな設備が必要なのかを確定する必要がある。四川省は専門家を組織して、被災地の農村の住宅設計に力を入れ、安全で経済的な住宅モデルを複数提供し、無料で農民に選択してもらうことにする。
 (7月4日 新華網)
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2008年07月13日

中国四川省地震救援ニュース 70

Yさんレポートをお届けします。

四川から日本に一時帰国をした翌日(6月14日)に岩手宮城内陸地震が起きた。そして2週間後(7月1日)、再び四川に戻った。夏本番のような暑さの中、被災地では相変わらず仮設住宅の建設が進んでいる。毎日瓦礫の片付けをお手伝いさせて頂いていた北川県の村に久しぶりに訪れた。仮設住宅はすでに出来上がっていたが、電気と水がまだ通っておらず入居はされていなかった。村を一回りした帰り道、この村で初めて瓦礫の片付けをさせて頂いたお宅の奥さんにばったり再会した。「あんた、久しぶりね。日本で地震があったって聞いてびっくりして、何度も電話したのよ!」とつながるはずもない僕の中国の携帯に電話してくれたそうだ。「今回お世話になったから私たちも助けに行こうと思ったのよ」と言ってくれた。四川の被災した農村の人々が日本に来ることなど夢のまた夢であるが、そう言ってくれた事がとてもうれしかった。その翌日、15歳の娘さんに会った時も同じことを言ってくれた。家族でそんな話をしていたんだと思うと涙が出そうになった。この家のお父さんは一か月前、瓦礫の片付けを手伝う僕らを見て「本当に勇気をもらったよ。ありがとう。」と言ってくれた人である。被災地では小さな出会いがあり、少しずつではあるが、確実に人と人がつながりつつある。。。

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2008年07月12日

中国四川省地震救援ニュース 69

被災地の企業も本業再会に向かって動き出し、すでに恢復宣言を出している地域もあります。

以下は、CODE翻訳ボランティアさんによるものです。
≪徳陽市街地:正常生産生活秩序を回復宣言≫

 四川省徳陽市は7月1日から全面的に徳陽市の市街地は正常な生産、生活秩序を回復したことを宣言した。

 四川省地震局の専門家チームが徳陽市の市街地で住宅の耐震評価を行った結果、応急評価が「使用可能」だった住宅の住民は、簡易テントを撤収し、元の住所に戻ること。また「使用禁止」だった住宅には入ってはならず規定に基づき仮設住宅の申請を行うこと。
 企業の事務所なども「使用可能」の応急評価だった建物では、元の建物で企業活動を再開することと規定した。

 市街地に放置されている人の住んでいない簡易テントは街道事務所や社区居民委員会がこれを撤去し、簡易テントが道路や緑化帯や河原や広場等を占拠しないようにすること。

 記者が1日に見たところ、徳陽市外地にはすでにテントは少なく、大部分の住民は自分の家に戻ったようである。
 (7月1日 新華網)
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2008年07月11日

中国四川省地震救援ニュース 68

当初、8月10日までに「100万戸の仮設住宅を!」と発表し、できるのだろうか?と思いましたが、このレポートを見ると納得できるような気もします。

以下は、CODE翻訳ボランティアさんによるものです。
≪綿竹市:最大の仮設住宅が検収≫

 江蘇省の援助で建てられた徳陽市にある綿竹市の26100戸の仮設住宅が綿竹市の検収を受けた。今回の住宅地の面積は2400ムー(約160ha, ※15ムー=1ha)あまりを占め、被災地最大規模の仮設住宅となった。

 記者が綿竹市郊外で見たのは、白い壁に青い屋根のプレハブ住宅が整然と並んでいる姿で、壮観である。

 現場で施工を指揮していた江蘇省建築工程管理局長によると、江蘇省が援助して建てたこの仮設住宅は29の社区(自治会、コミュニティー)と学校7校と幼稚園、ひとつの病院と商業施設を持ち、67000人がここに住む計画である。江蘇省は八千人を派遣して建設を行った。

 綿竹市計画建設局幹部によると、この仮設住宅は工期が予定より1か月早く終了し、質も高く、「江蘇建築鉄軍」の本領を発揮したという。

 綿竹市では現在五十万人がテントに住んでおり、そのなかの二十万人が仮設住宅に入るとしている予定である。現地政府は38か所の地点に8月初めまでに仮設住宅建設を終える予定だ。
 (6月27日 新華網)

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2008年07月09日

中国四川省地震救援ニュース 67

中央政府は、本格的に、地方政府の復興支援に乗り出しているようです。以下は、CODE翻訳ボランティアさんによるもの要点の抜粋です。

≪国務院:ぶん川地震再建政策措置を支持することに関する意見≫

 6月30日、被災地区の積極的な生産自救、家の再建を支持し援助するため、また復興再建活動に社会各方面からの参与を引き出すことを奨励するため、また被災地で一日も早く正常な生産、生活を回復させるため、「国務院ぶん川地震再建政策措置を支持することに関する意見」を30日発布し実施した。政策措置への支持の範囲は震災後の復興生産と再建に関する各方面、都市と農村で倒壊した住宅の再建、公共施設と基礎施設の回復再建にわたる。

◎被災地区の企業が株式市場を通じて融資を得ることを支持
  法に定める条件のもとに、被災地の企業が株式の公開をすること、被災地の上場企業が再融資を受ける申請をすることを優先することとし、被災地での投資を促進する。

◎被災地の住民が住宅を購入するときの優遇措置
 被災地の住民が自分の住む住宅を購入する際、住宅ローンの利率を現行の基準利率の60%とする。

◎被災企業は2008年度の企業所得税を免除

◎各家庭ひとりは就業できるよう保証 ひとりも就業者がいない都市の家庭で、所定の労働年齢内にあり労働能力と就業を望む人が失業状態にある場合、かつ経営収入、投資収入がない場合、すくなくともひとりは就業できるよう優先的に就業援助する。

(6月30日 新華社)
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